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最低の経験して農業へ

私が農業をするきっかけとなった出来事です。

1998年11月26日 北海道新聞搭載記事です。

私は稲作農家の3代目だ。
北海道の大雪山系が一望できる水田で有機米を栽培している。
外での農作業はすべて終わりいま一息ついているところだ。
こうして農業という仕事を楽しんでいる自分が不思議でたまらないときがある。
数年ほど前までは農業が嫌いだった。
農業と聞くと田舎臭いとか、汚いというイメージがあった。
中学や高校の時期はカッコつけたいという思いが強く自分の家が農家であると知られるのが恥ずかしかった。
父や祖父からは農業の3代目後継ぎとして期待されていたが、私は農家の跡継ぎになる気は全くなく、
19歳の時に、札幌の大手住宅メーカに入り営業の職に就いた。
都会に憧れていた私は期待感でいっぱいだった。
営業は結果が全ての世界。
営業の経験など全くなかった私はひたすら努力するしかなかった。
朝の8時から夜の10時ごろまで仕事を続け、知らない家に一日に何十件も訪問した。
時には犬にかまれたり、お客さんに冷たくあしらわれたりもした。
社会の現実は厳しかった。
自分のマンションには寝に帰るだけの毎日。
食事は外食か、インスタントものばかりだった。
営業の仕事なのでそれも当たり前かなと当時は思っていたが、ストレスは心と体に確実にたまっていった。
8ヶ月ほどたったある日、体に変調が起きた。
頭が重くなり、やせていた体が急速に肥満し始めた。
そして、仕事も満足のいく結果がでなく、すっかり自分に自信をなくしてしまった。
1年足らずで会社を辞め、旭川の実家に戻らざるを得なかった。 悔しかった。
しかし、この”最低の経験”が農業に対するイメージ、考えを大きく変えるきっかけになった。
実家に戻った後は、家事の手伝いをしながら療養した。
のんびり体を休め、目の前の田畑で取れた有機米や野菜を食べた。
食べてみると、そうした有機米や野菜がすごくおいしいことに気がついた。
以前は何気なく食べていた野菜なのに・・・。
そして、毎日、天然のものを食べているうちに、体の調子がよくなった。
自然味いっぱいの空気を毎日吸っていると、やがて心のストレスも消えてしまった。
私は2つのことに気がついた。
1つは、札幌での食生活が基本的に誤っていたこと。
もう一つは、人間の健康と自然環境を守る農業はすばらしい営みであること。
札幌の”最低の経験”に大事な肥料が隠されていたのかもしれない。
私は農業を始めた。
そして出来るだけ身体に優しい作物を消費者の方に提供しすることを決意した。

筆者 市川 範之